バディ・ホリー [Buddy Holly]

地味なロックン・ロール・ヒーロー

バディー・ホリーはカントリー音楽という白人たちのダンス音楽をR&Bと組み合わせることによって、ロックン・ロールという新しいポピュラー音楽を形作っていきました。

ロックン・ロールのヒーローの一人目は言うまでもなくエルビス・プレスリーですが、当時の若者たちがバンドを組んで演奏するきっかけとなったのが、もうひとりのロックン・ロール・ヒーロー、バディー・ホリーの登場でした。

エルビス・プレスリーがセクシーさを前面に出したのに対し、バディは地味なスーツに四角いべっこう縁のメガネというスタイルで舞台に立ちます。そのせいか、エルビスは若い女性に、バディは若い男性に人気が出ました。

ビートルズが築いたロック・バンドの基本、二本のギターとベース&ドラムスという組み合わせは、バディーがその先駆けであり、彼らが最初に自宅で録音した曲がバディの曲だったということからもその影響は窺(うかが)いしれます。

アーティスト

バディ・ホリー(1936年9月7日、テキサス州ラボック生まれ)

ヒストリー

普通の家庭の真面目な青年

ごくごく普通の中流家庭に生まれたバディーは、家族が音楽好きだったこともあり、幼少の頃から音楽に親しんでいました。高校になると仲間たちとバンドを組み、カントリー・ミュージックを演奏し楽しんでいました。

エルビス・プレスリーとの出会い

ある日、バディが暮らす小さな田舎町にエルビス・プレスリーがやってきます。そのライブを見たバディは衝撃を受け、クリケッツ(=こおろぎ)というロックンロールを演奏するためのバンドを結成します。

そのクリケッツは、「ザットル・ビー・ザ・デイ (That'll Be The Day)」というカントリーソングをロックン・ロール風にアレンジし、ブランズウィック・レーベルとレコード契約することとなります(エルビスの成功により、レコード会社たちは第二のエルビスを躍起になって探していたことも彼らの追い風になったようです)。

アメリカ青年たちにとっての真のヒーロー

「ザットル・ビー・ザ・デイ (That'll Be The Day)」は全米5位となるヒットとなりました。そればかりか、その後も「ペギー・スー 」、「メイビー・ベイビー」など、その後のロックンロールのスタンダードとなるヒット曲を連発していきます。

酒もドラックもしない真面目なバディはセクシーなエルビスに対し、カリスマと言う面においてはエルビスに程遠いながら、多くの普通のアメリカ青年たちに親近感を持って受け入れられ、ある意味真のヒーローであったと言えるかもしれません。

早過ぎる死

1959年2月3日、コンサート会場へと向かう途中、アイオワ州のトウモロコシ畑に飛行機が墜落してしまいます。そして、いっしょにツアーを行っていたビッグ・ボッパー、リッチー・バレンスとともに帰らぬ人となります。享年22歳、これからの活躍が期待されていた偉大なるスターの早過ぎる死でした。


代表的なアルバム

ベスト・オブ・バディ・ホリー [Best of Buddy Holly]

ベスト・オブ・バディ・ホリー

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あのビートルズでさえリスペクトしたというロックンロール界の巨人、バディ・ホリーのベスト盤。「ザットル・ビー・ザ・デイ」、「オー・ボーイ!」、「メイビー・ベイビー」、「ペギー・スー」、「レイヴ・オン」といったロックンロールのスタンダードを堪能できます。

背筋を伸ばし、威風堂々とした姿はあのジョン・レノンも真似をしたほどです。たぶん彼の映像についてはあまり残っていないとは思いますが、ビートルズ初期のジョン・レノンの立ち居振舞いを思い浮かべてもらえば、どんな感じだったか想像つくと思います。

聴けば、「え? この人がオリジナルだったんだ!」と思うこと間違いなしの一枚。

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