オモチャ箱のような音世界
彼女の音世界は、きらびやかなオモチャ箱のような音世界でありながら何処か哀愁が漂う不思議さに満ちています。そして、そのことが彼女の音楽をただのポップ・ミュージックとは一線を画するものにしています。
彼女の派手なパフォーマンスは、彼女の容姿と相まって、彼女をよりミステリアスにします。彼女の独特なボーカル・スタイルである子供がヒステリーをおこしているような歌い方は、シンディだけのスタイルであり、その変わった声に多くのファンたちは魅了されました。
アーティスト
ヒストリー
デビュー前の事件
シンディは12歳でギターを手にし、作詞作曲を始めました。彼女が最初に演奏したのは「グリーン・スリーブス」でした。そして十代の半ばになると、さまざまなコピー・バンドでボーカリストとして活躍し、ニューヨークのライブハウスに出演するようになります。ジェファーソン・エアプレンやレッド・ツェッペリン、バッド・カンパニー等の歌を良く歌っていましたが、1977年声帯にダメージを受け、事実上声が出なくなってしまいます。
華々しいソロ・デビュー
数年にわたる治療により完治し、シンディは再び歌い始めます。化粧品の訪問販売、ブティックの店員、日本料理店での歌手などの職業を経て、80年 "ブルー・エンジェル" というバンドでデビューします。その後、ポート・レコードとソロ契約を交わし、83年「シーズ・ソウ・アンユージュアル」を発表。これが瞬く間に大ヒットし、全米だけでもセールスが500万枚を超えました。このアルバムからは4曲が全米トップ5にはいるという女性アーティストとしては初の快挙を成し遂げます。さらには
- ミュージック・アワード最優秀女性ロック/ポップス・ボーカリスト賞受賞
- ミュージック・アワード最優秀女性ロック/ポップス・ビデオ・ボーカリスト賞受賞
- グラミー賞最優秀新人賞受賞
- ローリング・ストーンズ誌最優秀新人賞、最優秀女性ビデオ・アーティスト賞受賞
- MTV最優秀女性ビデオ・アーティスト賞受賞
といった賞を総なめにしてしまいます。
84年には一年の大半をコンサート・ツアーに費やし、85年には映画「グーニーズ」のために、主題歌「グッド・イナフ」を発表しベスト10に入るヒットとなります。
アーティストへの道
シンディは同時期にデビューしたマドンナとよく比較されました。パフォーマーのマドンナ、アーティストのシンディというのが一般の通説でした。これはシンディのみがソング・ライティングを行っていたことからそう言われたようです。しかし、この言葉はその後事実となっていきます。マドンナがよりパフォーマンスを重視していったのに対し、シンディはよりアーティストでなることを目指したからでした。
そしてファーストから3年という長い月日を経て、2ndアルバム「トゥルー・カラーズ」が発表されました。このアルバムにはビリー・ジョエルもゲストとして参加していますが、シングル「トゥルー・カラーズ」が唯一注目されるものの、結果として最前線からシンディは消えていくことになります。
不遇の時代からの脱却
その後、暫くは不遇の時代が来ます。そして、前作「ナイト・トウ・リメンバー」から2年、91年に「ハット・フル・オブ・スターズ」で再び脚光を浴びることになります。ロス・アンジェルス・タイムは "彼女の作品の中で最も美しい旋律、最も意欲的な作品" と絶賛しました。
円熟期を迎えて
その後は、94年、97年、01年とほぼ3年に一度のペースで作品を発表する一方、1995年には阪神・淡路大震災の被災者へ寄付、2005年にはアメリカ同性愛者支援団体参加するなど、アーティストとしてばかりでなく、幅広い活動を行っています。
代表的なアルバム
シーズ・ソー・アンユージュアル [She's So Unusual]
![]() | 新品価格 |
化粧品の訪問販売、ブティックの店員、日本料理店での歌手。これらはすべてシンディ・ローパーの前職です。彼女の場合、アクの強い個性といい奇抜なファッションといい、つかみ所のあるようなないような不思議なところがある意味魅力になっています。そのコミカルでちょっと尖ったボーカル・スタイル、カラフルでチープなオモチャのようなポップ・サウンドは、デビュー曲「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン(邦題:ハイスクールはダンステリア)」ですでに遺憾なく発揮されています。
とても趣味がいいとは言えないファッション(不潔そうで実は汚い)でMTV用のプロモーション・ビデオを作成したことからも、彼女の場合普通の人とはちょっと違う美的感覚があるのかもしれません。同じ頃登場してきたセクシーで綺麗系であったマドンナに比べ、あまりにも対照的だったので二人はよく比較され、どちら派であるかがロック・ファンの間でよく話題になったものでした。
とにかく、このアルバム自体はヒット曲のオンパレードで、最後まで飽きさせないのが特徴です。この後多数のロック・アーティストにカバーされることになる「タイム・アフター・タイム」、デビューまで苦労したんだろうなと感じられる「マネー・チェンジズ・エヴリシング」、彼女のというより84年度の代表曲となった「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」、さらに「シー・バップ」といった、実に4曲連続で全米トップ10に輝くという快挙を成し遂げてしまいます。しかも本作品で84年度のグラミー賞最優秀新人賞に輝くなど、彼女の魅力が余すところなく詰め込まれた作品となりました。
トゥルー・カラーズ [True Colors]
![]() | 新品価格 |
「We Are The World」への参加や映画「グーニーズ」の主題歌を歌うなどで、1stから3年経って発売された2ndアルバム。1枚目では音楽面ばかりでなくビジュアル面を前面に出していたのに対し、このアルバムではMTVのプロモーションにもあまり力をいれてなかったようです。要は彼女自身、ポップ・スターからアーティストへ変化を遂げて行こうとしてしていたためと言われていますが、実際このアルバムでは "歌" というものに対する執着を感じさせてくれる出来となりました。
本作のハイライトとしてはビリー・ジョエルのコーラス参加があげられるでしょう。サウンド的には前作同様フーターズの面々がバックアップしていますが、「メイビー・ヒール・ノウ」やハイ・テンションに歌い上げる「ザ・ファラウェイ・ニアバイ」など、曲調自体は1stを踏襲しているものの、ほとんどの曲作りで彼女自身参加しアーティストとして成長しているところを感じさせてくれます。
そして、何と言ってもこのアルバムの聴き所は「トゥルー・カラーズ」につきます。これは今では「タイム・アフター・タイム」と並ぶシンディ・ローパーを代表するバラードとなっていますが、リフレイン中心の「タイム・アフター・タイム」より、こちらのほうがメロディアスであり、人によってはシンディのバラード・マスターピースは「トゥルー・カラーズ」であると言う人も少なくありません。




