「Elvis the Pelvis(骨盤のエルビス)」
1950年代のアメリカでは音楽も人種隔離的な扱いを受けている部分が多く残っていました。当時のロックンロールのヒットソングも黒人の曲を白人がカバーし、そのカバー版が白人向けの商品として宣伝され、チャートに掲載され、ラジオなどで流れるといった傾向にありました。エルヴィスは、このような状況にあって黒人のように歌うことができる白人歌手として発掘されたのでした。
彼は最初、「The Hillbilly Cat(田舎者の猫)」という名前で歌手活動を始め、その後すぐに歌いながらヒップを揺らすその歌唱スタイルから「Elvis the Pelvis(骨盤のエルビス)」の愛称で呼ばれます。品位を欠くミュージシャンとして非難されたことでも知られており、アメリカのバラエティー番組『エド・サリバン・ショー』の出演の際には、視聴者の抗議を配慮した番組関係者が意図的にプレスリーの上半身だけを放送したというエピソードが伝えられています。
アーティスト
ヒストリー
地下洗濯部屋のヒーロー
エルヴィスはミシシッピ州トゥーペロの小さな家で、ヴァーノン・エルヴィス・プレスリーおよびグラディス・ラヴ・スミス・プレスリー夫妻の間に生まれました。彼はトゥーペロで幼年期を過ごし、13の時に一家はテネシー州メンフィスに転居します。
エルヴィスは11歳からギターを始め、地下洗濯部屋で練習をしまし、そこに住むミュージシャン達と演奏を行うようになります。エルヴィスは高校卒業後に精密金型会社で働き、次にクラウン・エレクトリック社のトラック運転手となりました。
黒人のように歌える白人
50年代にはまだ黒人差別が激しく、黒人音楽の良さは感じていても黒人音楽として世に出ることはなく、白人がその曲をカバーし、白人向けの音楽としてレコード化されていました。そんな中、黒人っぽく歌える白人としてデビューしたのが、エルビス・プレスリーだったのです。
他のアーティストと桁の違う記録
彼の持つ記録は様々あります。
- 最も成功したソロ・アーティスト
- 最も長時間ナンバー1にエントリーさせたアーティスト(80週)
- 最多ヒットシングル記録(151回)
- 1日に売れたレコード枚数の最高(2000万枚)
等がギネスによって認定されています。 CD/レコードの総売上は正確な数を把握できていませんが、推測ではおよそ20億万枚~30億万枚だといわれています。このように、プレスリーのレコードの売り上げは記録的で、それらが与えるインパクトは驚異的です。売り上げだけを見ると、他のレコーディング・アーティストの陰を薄くするほどでした。
エルビスは生きている?
若くして死んだためか、エルビスの物真似を生業としているものがアメリカ国内だけで数百人いるためか、今日に至るまでエルビスを見かけたという目撃者が多くいます。死亡は確認されているにも関わらす、「エルヴィスは生きている!(Elvis is Alive!)」というフレーズは今日でもアメリカのタブロイド新聞の見出しを飾ることがあることからも、彼の影響力は計り知れないものがあることが分かります。
代表的なアルバム
エルビス・バラード [Elvis Ballad]
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キング・オブ・ロックンロール、エルビス・プレスリーのバラードのみを集めたコンピレーション・アルバムです。
エルヴィスと言うと、軽快なロック・ナンバーというイメージがあり、「好きにならずにいられない」「ラヴ・ミー・テンダー」くらいしか知らない人も多いのではないでしょうか。そんな人にとってはこのアルバムはいいかもしれません。まあ、「エルヴィスはロックンロールだけ、バラードなんか聞きたくない」と言う人にとってはどうでもいいアルバムかも知れませんが。
エルヴィス・プレスリーが情感豊かに切なく歌えるシンガーだったと言うことを再認識させてくれる一枚。
エルビス [ELV1S]
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キング・オブ・ロックンロール、エルビス・プレスリーのヒット30曲を集めた没後25周年記念ベスト・アルバムです。
『エルビス・バラード』では、エルビスのソフトな面を聞くことができますが、こちらはロックンロールあり、バラードありのトータルなベスト盤です。どちらもいいアルバムなのですが、どちらが得かというとこちらではないでしょうか。
「ハートブレイク・ホテル」、「冷たくしないで」、「ハウンド・ドッグ」、「ラヴ・ミー・テンダー」、「監獄ロック」、「好きにならずにいられない」などなど.... 数え上げるときりがないほど有名な曲のオンパレードです。
エルビス・フリークの方は個々のレアなアルバムを集めていただいて、ロックのいい曲を聴きたい人はこちらを聞くとエルビスのことが分かります。




