ロックの分岐点としての存在意義
ロジャー・マッギンのトレードマークである鳴り響く12弦リッケンバッカー、不思議な響きのある3パートの透き通ったハーモニー、そしてテレキャスターBベンダー(クラレンス・ホワイトとジーン・パーソンズがペダルスティールの流れるような音に近付けるため開発した弦を伸縮させる装置)が作る間延びした脱力感を感じさせる弦の音とウォームなアナログ・シンセとの画期的な融合-それらの要素がバーズの本質でした。
バーズは、ディランに似た思索的な世界(=ロジャー・マッギンの世界)と、ロック、フォーク、カントリーの融合。これによってバーズは独自の世界観を形作っていったのでした。その世界観は多くのミュージシャンに影響を与え、彼らの音楽は分岐点のように多くの枝分かれを作っていったのでした。そのためか、人によっては、フォーク・ロックと言われたり、サイケデリック・ロックといわれたり、ウェストコースト・ロックと言われたりしました。このサイトでは、バーズは"ウェストコースト・ロック"としてカテゴライズしています。
アーティスト
ヒストリー
ボブ・ディランとの出会いとフォーク・ロック
1964年ハリウッドのフォーク・クラブ、"トルヴァドール" でロジャー・マッギン、ジーン・クラーク、デヴィッド・クロスビーが出会いバーズの歴史は始まりました。3人はもともとフォーク・シンガーであり、まだどこにも存在していないビートルズとボブ・ディランの融合である "フォーク・ロック" を作り出そうとします。そんな時、ボブ・ディランの「ミスター・タンバリンマン」に出会いました。これはまさに運命としかいえない出会いでした。彼らは描いていた通りにこの曲をアレンジし、64年コロンビアレコードからデビューします。この曲は瞬く間に大ヒットとなり、全米1位を獲得します。
メンバー交代と音楽の変遷
バーズはメンバー交代の激しいバンドでもありました。中心的なソングライターであったジーン・クラークが脱退した66年頃から彼らはブリティッシュ・ロックへと傾倒していきます。ドラックによる幻覚症状を音楽的に再現しようする「サイケデリック・ロック」の前身「スペース・ロック」へとサウンドが変化していきました。その後、68年には加入したグラム・パーソンズの影響で、今度はカントリー・ロックへと傾倒していきます。このような音楽は後に「カントリー・ロック」と呼ばれるようなり、このころ「ロデオの恋人」を発表しました。
ロックの分岐点としての存在意義
結局、オリジナル・メンバーはロジャー・マッギンだけとなってしまいますが、このバンドはあらゆるジャンルの草分け的存在として、実験的な試行錯誤をしてきました。このバンドのフィルターを通してつむぎだされた音楽は、あらゆるジャンルへと発展していきます。そして、バーズ自体はといえば、総括的にそれぞれの要素を含む音楽ジャンルであるウェストコースト・ロックというものを作り出したといえるでしょう。
代表的なアルバム
ミスター・タンブリン・マン [ザ・バーズ]
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1965年1月、バーズはボブ・ディランと会い、「ミスター・タンブリン・マン」のカヴァーをすることを決めました。そして、曲は徐々にチャートを上がり、1965年8月、ついに全米No.1となります。マスコミは彼らのサウンドを"フォーク・ロック"と呼び、"L.Aからロンドンへの答え"と絶賛します。
このアルバムでは、上記の曲を含めボブ・ディラン作品を4曲採り上げ、フォーク・ロック・スタイルにて演奏します。このスタイルは、その後のミュージック・シーンに大きな影響を及ぼす事になります。特にロジャー・マッギンの12弦ギターによる独特の響きは、原曲を作成したボブ・ディランに多大な影響を与え、彼をフォーク・ロックへ傾倒させていきました。
この12弦ギターによる奥深くスモーキーな響きと気だるさは、サイケデリックの時代とマッチし、この後派生してくるオルタナティブ・ロック等へと引き継がれていきます。
ロデオの恋人 [ザ・バーズ]
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このアルバムを聴いてまず思うのが、カントリー・アルバムだなっ、ていうことです。ちなみに、このジャケットのかわいらしい有名な画家が描いたカウボーイ絵画だといわれていますが、タイトルの「ロデオの恋人」も含めて見た目からカントリーです。
バーズといえば、「ミスター・タンバリンマン」に代表されるフォーク・ロックというイメージが強いのですが、このアルバムに関して言えば、カントリー・ロックに入れたほうがいいかなと思います。それというのも、新しく加入してきたグラム・パーソンズが主体となってこのアルバムを作成し、もともとメインであったロジャー・マッギンが隅に追いやられていたアルバムだからです。
しかもグラム・パーソンズは、わずか5ヶ月で脱退し、メンバーのクリス・ヒルマンまで引き抜いて、すぐにフライング・ブリトー・ブラザーズを結成してしまいます。その後、カントリー・ロックの先駆者としてその名を残すことになります。
そういう経緯がありながらも、このアルバムは非常によい出来になっており、バーズ信者よりグラム・パーソンズ信者を作り出しました。




